先月号で「気になる患者さん訪問」についてご紹介しました。今回は、私が初めて訪問した患者さんについて、お伝えしたいと思います。
60歳代の男性で、狭心症、糖尿病、脳梗塞後遺症をお持ちの方でした。これまで狭心症に対してカテーテル治療を2回行われた方でしたが、狭心症が再発。「入院してカテーテル検査をしましょう」とお勧めしたら、「お金がないので入院できない」と断られたのが訪問のきっかけでした。先月号の方と同様に、大変な生活をしておられることが訪問して分かりました。
もともと重機の運転手さんで、30歳代で糖尿病を発症し、長らくインスリン治療を行っていました。数年前に脳梗塞を発症し、運転ができなくなり、その後は月13万円のみの収入に。狭心症に対する1回目のカテーテル治療の入院費は34万円で、とりあえず病院に支払って高額療養費の差額が帰ってきたのは数ヶ月後。2回目のカテーテル治療には間に合わず、自家用車を売って2回目の入院費用を支払ったとのことでした。「31万円で売れましたわ…」の力ない言葉に、私は絶句しました。自家用車を売って入院費用を支払った方が自分の患者さんにいるとは思いもよりませんでした。
お住まいは古い団地の4階で、エレベーターはありません。階段を昇るたびに狭心症が起こっているのですが、「お金がなく入院どころではない」。夏の訪問でしたが、部屋にはクーラーもありませんでした。「長く耳原にかかってきたが訪問されたのは初めて。これから先生と一生のつきあいをさせてもらいます」と言われ、うれしかったのですが、今後どうしてあげたらよいのか、手立てがない状態でした。
その後、この方には良くないことが続きました。妻が高度の認知症を発症し、住所を言うことも、金銭管理も、一人で自宅に帰ることもできない状態になってしまいました。当然生活が破綻し、生活保護を取得することができました。医療費の心配がなくなり精密検査を行ったところ、転移を伴った悪性腫瘍が見つかりました。その後、高度認知症の妻を残し、耳原総合病院でお亡くなりになりました。
たまたまお一人目の訪問患者さんが、凄まじい経過の方だったのかも知れません。ですが、「病院にいるだけではダメだ、地域に足を運ばなければ」ということを、私に強く植え付けてくれた患者さんでした。私は現在、耳原鳳クリニックで訪問診療も行っています。そこで気が付くのは、「クリニックの外来で見る患者さんの姿と、ご自宅で見る姿とは異なる」とうことです。クリニックでは明らかに患者さんがご自身を抑えています。「よそ行の患者さんを私たちは見ている」ことを常に忘れず、患者さんの気持ちや生活に寄り添った医療を提供してゆきたいと思います。