「お医者さんになるのに、すごく勉強したんでしょう?」と問われることが良くあります。人によるとは思うのですが、私がこれまで勉強してきた量は確かに多かったと思います。
中学、高校と結構な勉強量を必要としましたが、大学医学部ではさらに凄まじい勉強量が待ち構えていました。解剖学、生理学、生化学、病理学など、基礎医学の勉強から始まるのですが、一回のテストで覚えなければならない量が、半端なかった。資料で積み上げると30センチくらいになる量を1科目のテストで覚えなければなりません。それが一回のテストで7-8科目あるのですから、泣きそうになりました。内科学、外科学など臨床医学の勉強は、臨床実習と合わせての知識の習得が必要となり、量もさることながら、なるべく実践に即した勉強を心がける必要がありました。 医師になってからは、学生時代の勉強がちっぽけに思えるほどの勉強量を必要としました。当たり前のことです。自分の目の前にいるのは生身の患者さんですから、勉強しなければその方の命と健康を害してしまうのです。ハンドブック的なものから教科書、論文まで一生懸命に勉強しました。専門医試験を受けるときには、さらに幅広い範囲の勉強量を必要としましたが、私は3つの専門医資格を取得しましたので結構大変でした。思えば中学生くらいからはずっと勉強に明け暮れてきたように思います。
これほど長年にわたって一生懸命に医学知識を詰め込んでもAIには到底敵いません。知識だけが医師にとって必要とされるのでしたら、今後医師の役割はAIに取って代わられるでしょう。ですが、医療は医師だけが行うのではなく、患者さんや家族を含むチームで行われる時代になりました。また患者さんやご家族の多様な考え方を尊重し、その時代に応じた倫理的選択が求められるようになりました。医療を安全に遂行するためには、複雑な状況に臨機応変に対応できる職場づくりも必要です。医療チームリーダーとしての振る舞い、コミュニケーション能力、患者さんへの共感、倫理観・人生観・社会観の涵養など、医師に求められる能力は幅広いものであり、そう簡単に全てAIに取って代わられるものではないと思います。
画像診断はAIの得意分野であり、すでにAIによるCT診断、レントゲン診断などは実用化が近い状況です。また、いくつかの主訴を入力するといくつもの鑑別診断を挙げてくれ、思いがけない疾患の見逃しを防ぐ「診断支援ツール」としてのAIも実用化されています。AIの得意分野を活用しながら、医師が生身の人間として上手くマネジメントしてゆく時代がもうすぐやってきます。
どの職業も大変なのは同じでしょうが、医師もその力量を向上させてゆくのは大変なことです。これからは、倫理学、哲学、社会学、組織論など、むしろ文系の修練が医師に必須になるのかも知れません。