私がまだ研修医だった時の話です。夜間の当直はとても疲れるものでした。その当時は当直明けの医師の休みなど日本中どこでも保障されておらず、一日働いて夜間当直を寝ずに行い、翌日はまた一日中働くのが常でした(連続36時間労働)。ですから私たち研修医の間で、重症でない状態で夜中に救急受診する患者さんの評判はとても悪かった。さすがに患者さんに面と向かっては言いませんが、同僚同士で「なんでこんな軽い症状で夜中の2時に病院に来るねん!」、「うちはコンビニとちゃうで!」などと愚痴を言い合っていました。
私が当直をしていたある夜のことです。まさしく夜中の2時ごろに「1ヶ月前から続くみぞおちの痛み」を訴えて、中年男性が耳原総合病院の救急外来を徒歩で受診されました。「1ヶ月前からの症状やのに、なんで今やねん!」私はブツブツ言いながら患者さんに向き合いました。症状と診察所見からは胃潰瘍が疑われました。私は胃潰瘍の薬を処方し、「後日胃カメラを受けてください」と患者さんに言うと、患者さんからは「それはできません」との返事。「なら、なんで病院に来るねん!」私は思わず怒りをぶつけそうになりました。
ですがその時ふと、他県の民医連の若手医師たちが行った「当直患者実態調査」の内容が頭をよぎりました。私は患者さんに問いました。「どうしてこんな時間帯の救急受診になったのですか?」と。患者さんから語られた内容は私を恥じ入らせました。その方は数名でゴム靴の工場を運営していました。少ない人数で仕事をしており、自分ひとり抜けてもゴム靴の工程は完成しません。代わりの方もおらず、朝から晩まで働いているとのことでした。「ずっと症状があったのですが我慢して・・・でも今回はどうしても痛みに耐えかねて受診しました」、「日中に病院に来るのは無理なんです、もらった薬で様子を見ます」患者さんにそれ以上どうしてあげることもできず、胃潰瘍が重症化しないことを願って見送りました。
「コンビニ受診」と言う言葉は今でも見ることがあります。なぜそのような受診行動に至ったのか?そこにはなかなか人に言えない生活背景が隠れていることがあります。「人権を守る無差別平等の医療」を掲げる民医連の医療機関に身を置くことになったのは、私にとって本当に幸せなことでした。そうでなければ、きっと患者さんの痛みに寄り添わない、嫌みな医師になっていたことでしょう。今は、一人の医師だけでなく多職種によるチームで患者さんに対応する時代になりました。患者さんの生活背景をチーム全体の力で把握し共有できる、そんな外来診療を耳原鳳クリニックで行ってゆきたいと思います。