能登半島地震 小松みなみ診療所 支援報告
高砂クリニック 所長 斉藤和則
石川県小松市 小松みなみ診療所 右奥は3/16開業の北陸新幹線
この度は、能登半島震災の支援のため、皆様には大変ご迷惑をおかけいたしました。
みなさまが快く予約変更していただいたおかげで、能登で困っている方たちを診療することができ、震災以来働きづめであった、小松みなみ診療所の医師・職員にも少し休息を与えることができたと思います。ありがとうございました。
写真:診療所の職員、前列左は西出師長、真ん中は先川原事務長
高砂クリニックも加盟する全日本民医連からの要請で、2月18日から22日まで小松みなみ診療所に診療の応援に行きました。
小松市は石川県の南部で、今回の地震で大きな被害はありませんでした。しかし当日は震度5強、立っていられないくらい揺れ、ところどころ屋根瓦が落ちたそうです。
この数年で地区内医療機関の閉鎖が続き、診察しているのはここ1カ所になりました。そこへ能登地震で近くの粟津温泉に避難されている方も来院し、患者が一気に増えました。地元医師会、自治体も状況を認識していて、なんとかしたいと連絡があり、医師会長からの労いのことばに事務長は涙が出たと言っていました。
初日2月19日は76名が来院されました。そのうち発熱患者は15名で、発熱の原因はコロナ、溶連菌、インフルエンザなど。インフルは学校で流行っている最中でした。
看護師さんたちはテキパキ仕事をされ、それでいて待ち時間には患者さんの隣に座ってお話を聞き、他院への紹介となればさっと電話を繋いでくれました。
能登から小松市近郊の粟津温泉に避難されている方が日に数名受診されました。その中で輪島の海岸に近い所に住んでいたご夫婦の話です。「いつものように2人で散歩中に地震に見舞われた。揺れが落ち着き家に戻る途中、海岸に差し掛かったら海が消えていた。漁船の係留場所であったところが白い岩で一面埋め尽くされ、海水がなくなっていた。」後でわかったことですが海底が隆起したのです。
粟津温泉に避難している方々は、粟津温泉での避難生活は3月11、12日あたりまでで、それ以降は、家を借りるか、一時身内のところに身を寄せる、と。家は形は残ってるけど中は柱が折れたり部屋として使えないそう。なぜ3月11、12日までなんですか?と聞くと、3月16日新幹線開業に合わせ温泉は旅行客を受け入れるからなんです。との答えでした。新幹線開業に引っ張られ復旧、復興はあと回しです。
輪島市の南には志賀原発があります。たまたま稼働はしていませんでしたが、変圧器トラブルが起きていて、全電源喪失であれば福島同様、大きな事故になっていた可能性があります。一旦原発事故が起きたら道路は寸断され、海岸には船が近づけません。空港の再開は10日後でしたから、即の避難は困難です。政府が出している避難計画は、机上の空論ということが分かりました。
震源地近くの珠洲市は住民の28年に及ぶ反対運動の末、2003年に珠洲原発計画を止めています。もし珠洲原発が実現していたら、重大事故が起きて住民の避難がより困難になった可能性もありました。
被災地にはこれからも支援が必要です。同時に被災地から避難した地域も医療と介護に人や補助金が必要になります。
関西は南海トラフ地震が想定されてます。災害への備えと共に支援するために医師を増やす、看護師を増やす、ヘルパーを増やす。政府には軍事費(来年度は8兆円)ではなく医療介護に税金を使うよう声をあげましょう。