皆さんは「腫瘍内科」という診療科をご存じでしょうか。近年日本でも定着しつつある、抗がん剤治療を専門に行う診療科です。そして今、その治療方法も新たな展開を見せており、患者さん一人ひとりの状態に合わせてさまざまな専門の医療関連職種が連携し合って治療や支援を進めていく「チーム医療」が広まっています。
患者さんの知る権利のもと、抗がん剤治療の分野でも情報公開が進んでおり、臨床試験の結果を踏まえて無治療の場合と抗がん剤治療を受けた場合の平均の生存期間を説明して、患者さん
に比べてもらい、治療するかどうかを決めてもらうケースが増えています。
抗がん剤治療は進歩し続けており、将来がんを治せる薬が出てくるかもしれませんし、そうなれば「お薬でがんが治ることは期待できません」というようなつらい説明はしなくてもすむかもしれません。しかし現状ではほとんどのがんで生存期間の延長は期待できてもがんの治癒は期待できません。そういう意味では抗がん剤治療は発達途中段階なのかもしれません
抗がん剤治療の説明段階で患者さんは予め自分のおよその余命を知るケースが増えてきています。他の医療分野でも余命が判明していて患者さんに告げる場合があるかと思いますが、がん医療ではより頻度が高いのではないかと思います。患者さんの中には先生を信頼しているし、詳しい説明は聞きたくない、あるいは聞いてもよくわからないのでお任せしたいと言われる方も多いのですが、他の薬と違って副作用の出やすい抗がん剤治療では、抗がん剤治療による「マイナスの面」と「期待できる延命効果の程度」その両者の説明が治療前にどうしても必要で、同意書も取得します。
患者の知る権利に基づいて告知される欧米では「事実をできるだけわかりやすく伝えること」が医師の役割となり、そこから後は、自己の責任において、患者自身が考えればいいという割り切った関係となります。西洋の場合は、このような孤独に耐える訓練が幼少時よりなされていますが、逆に日本では非言語的な感情による一体感を大切にする人間関係が尊ばれます。日本人では先に述べた生存率曲線のような客観的情報をくわしく説明すればするほど、患者は耐え難い孤独に陥ってしまうケースも多いといわれています。医者は生きている側、患者は死にゆく側、というふうに、端的に言えば見放されたというふうに感じてしまう。しかもそれが言語によって明確にされるために、医療者は科学的な見解に基づいて医療を行っているつもりでも、患者さんの方からみると心が離れていると感じられることが起きてしまいます
「あくまで心のつながりを持ちながら告知がなされる」には医師以外の他職種、私の場合は外来化学療法室の看護師さんに患者さんの気持ちを傾聴してもらったりして、すくわれるケー
スがたびたびありました。また薬剤師の先生にはキャビネットで抗がん剤の無菌調整をして頂いたり、副作用やお薬の服薬状況の把握をして頂いたりして、医師は患者さんの状態把握と治療方針決定に専念できるようになりました。このようにがん医療、特に抗がん剤治療や緩和ケアでは客観的に冷静に病状を判断し、方針を決定していく姿勢と、患者さんの「心に添う」姿勢の両方が常に医師に求められ、医師一人では対応困難なケースもあります。チーム医療によって、患者さんの「心に添う」姿勢と共に、患者さんが医師の説明をどの程度理解されているか、意思の疎通がうまくなされているか等を十分把握しつつ治療を進めていきたいと考えています。